2011年前半終了

2011年06月30日 20:52

この半年の総括。

お正月からGW終了するまで、シュナ父の入退院と、ゆーたの野球と、仕事と、
毎日が闘いだった。

でも今考えると、いっぱいやってたつもりでも、何もしてなかったのでは?と思うのである。


昨年12月23日。イブイブに、胃ガンを宣告されたシュナ父。

スキルスで、最終5段階中4ステージだった。
既に、鎖骨と胃の周りのリンパに転移していた。

先生が、逸見正孝さんや堀江しのぶさんと同じタイプで、非常にタチの悪いガンです。と。

血液検査や胃カメラでは、見つかりません。

すぐに抗がん剤治療が始まった。
35日で1クールで、月に5日間24時間ずつの点滴を受けるときのみ入院。


私のスケジュール帳には、8月まで抗がん剤のスケジュールが記入されたままになっている。


シュナ父が入退院を繰り返し、だんだん弱っているのが分かった。

1月・2月の抗がん剤スケジュールが終わり、まだ「フツーの人」だった。
抗がん剤は、良い抵抗力も失ってしまうため、
周りの私もゆーたも、風邪をひかないよう気を付けた。
リンパの腫れがひいた。これは珍しいことだと。
抗がん剤が、効いているようだった。


3月の抗がん剤が終わり、ちょっとだるさを訴えるようになった。



4月、腰の痛みを訴えるようになった。
ガンが腹直筋に転移。
腹水が溜まり、腹部に腫れ。
あれほど、中年腹とは無縁の人だったのに・・・。


GW突入を目の前にして、腰の痛みのせいで横になって寝ることができなくなった。
壁によしかかったり、椅子に座ってみたり、夜中なんどもお風呂に入ったり。


辛いのが分かった。
でも私は、ただソバにいるだけで、
次の日も仕事があって、夜中、付き合って起きてることができなかった。
私は元気だから、もっと、手伝ってあげるべきだったのに。。。


GWまっただ中、ゆーたは野球の練習や試合があるため、
シュナ父を家に残し、私は野球へ送迎。
チームのメンバーには、シュナ父のことをほとんど言ってなかった。


5月6日最後の入院となった。
先生に、「夏までもたない覚悟してください」と言われた。


お姑さんに伝える。
夜、付き添いなさいと、ひどく罵られる。。
でも、ゆーたもいるし、仕事もあるし・・・
お姑さんは、我が家の事情を分かっていない。

そりゃあかわいい息子がもうもたないとなると、いてもたってもいられないのは
分かる。
でも、私はゆーたと生きていかなければならない。


その夜、付き添いすることにした。5月12日だった。
夕方、果物を食べたいというので、スイカ・グレープフルーツなど少しずつ食べさせた。

それが気管に入ってしまったらしく、息ができない・・・と
慌てて、看護師さんを呼び、吸引してもらったり、
呼吸器を付けてもらったが、血圧も下がり呼吸も弱くなり、

息してよー!!!!

5月12日19時3分 医師による死亡確認。
何も言葉を交わすことなく、逝ってしまった。



たまたま、ゆーた・シュナ父の両親・兄夫婦・私の両親がお見舞いに来たところだった。
みんな揃ってた。


みんなで見送ることができた。


病院の先生、看護師さんも、ホントによくして下さいました。


それからはもうパタパタと次の作業である。
葬儀屋さんを決めたり、学校や職場に連絡し、
あれよあれよといってる間に、お葬式が終わり、
いろんな手続きを済ませ、四十九日が終わり、納骨も終わり。

荷物を整理してたら、まぁまぁいろんなものごとが発覚しました。
何も告げずに逝った夫。


熨斗付けて、シュナ父実家に返してやるわ。と言いたくなった。
それくらい、やらかしてくれた。
結局、お仏壇はシュナ父実家でみてもらうことになった。

お仏壇を持つことがどんなにか大変かを知らないシュナ父の実家。
大丈夫かなぁ。。。
インテリアの一部とでも思っていたのかもしれない。



家庭があると、冠婚葬祭は大変。
良く分かりました。

ホント大変です。いろんな家族の違う部分が見えて、ホントに嫌気がさします。
自分の親戚が良い行い、良い振る舞いなのか?と言われると分からないけど、
どれが常識?ってなことが多々行われるのである。


私にとって、シュナ父は一体なんだったんだろう?
シュナ父にとって、私はなんだったんだろう?

聞いてみたいものである。




今、自由です。
ゆーたとふたり、淋しくなったけど、楽しく暮らしています。
そりゃ受験生ですから、いろいろと大変です。

こっちが気を揉んでもしょーがない。
本人いたって楽天的。
ま、それがゆーたのイイところなのかもしれない。


葬式の翌日、AKBの握手会に行ってたゆーた。
友達がそれ見て安心したと。

確かに、家でウジウジ、めそめそしているよりか、
発散してくれてた方がよっぽどいい。

忌引きの7日間あったけど、すぐ学校にも行ってた。
修学旅行にも行けた。

友達と居る方が、気もラクだろう。


さて、当の私も、平日は仕事へ・・・
土日は、ゆーたの野球に付き合い、体はへとへとです。

お盆まで、野球は続きます。
最後は、函館遠征。一緒に行ってこようと思います。



これから、どう転がっていくか分からないけど、
なんとかなるでしょう~。


シュナ父は、大好きな車に乗りにイタリアあたりに通っているに違いない。

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ガンほど厄介きわまる病気はない!でも・・・

がんはとても深刻で苦しい病気です。その状況は実際に罹った者にしか分らないのかもしれません。それでも、誰にでも共通する思いは、何とかその状況を打開したいという思いではないでしょうか?



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